さて、6月~7月というシーズンは、いわゆるボーナス(賞与)を支給するという会社が多いのではないでしょうか?
今回は、この「賞与」あるいは「給与」に関連する税務の話題として、平成30年度の税制改正において拡充された、「賃上げ・設備投資促進税制(改正前の所得拡大促進税制)」について説明したいと思います。
社員の給与を上げて、やる気・士気が自ずとアップ!そして会社としては業績が向上する。更には法人税を下げることができるので利益も増える。
簡単に言ってしまえば、こんな感じなのですが、会社としては万々歳ですよね?でも、知らない経営者の方が多いというのも事実です。
この税制改正では、大企業向け・中小企業者向けそれぞれで改正がありましたが、今回は中小企業者向けの改正に焦点をあてて、解説していきたいと思います。
現在の日本の景気と賃上げの状況について
現在の日本の経済は、アベノミクスによる大規模金融緩和等の経済政策により、景気動向指数が改善され、景気拡張期間が「いざなみ景気」に次いで戦後二番目に長くなっているそうです。
現状のまま推移すれば、「いざなみ景気」を抜いて戦後最長の景気拡張期間にまもなくなるだろうと言われています。
また、この期間に上場企業の多くが過去最高益を記録し、全体の企業収益も過去最高を更新しているといったニュースが各メディアで取り上げられています。
しかし、一方で中小企業においては、「価格競争」、「人手不足」、「後継者問題」といった多くの問題を抱えており、アベノミクスによる景気回復というものを実感している企業はそれほど多くなく、結果的に賃上げにもつながっていないという会社も多いのではないでしょうか。
現行の所得拡大促進税制における適用実績
所得拡大促進税制は、このような中小企業と大企業の格差是正やリーマンショック以降、伸び悩んでいた個人所得の回復・拡大を目指し、2013年に創設されました。
財務省が公表した「租税特別措置の適用実態調査の結果に関する報告書(2018年2月)」によると、下記の表のように、所得拡大促進税制は、適用件数、適用金額ともに増加している傾向にあり、賃上げを行っている企業が徐々に増えていることが伺えます。
(表:所得拡大促進税制の適用実績)
平成26年度 | 平成27年度 | 平成28年度 | |
適用件数 | 78,261件 | 90,594件 | 99,134件 |
適用額 | 2,478億円 | 2,774億円 | 3,184億円 |
主な適用業種別割合 | 1.サービス業 17.5% | 1.サービス業 18.1% | 1.サービス業 20.2% |
2.輸送機械・器具製造業 13.9% | 2.建設業 10.6% | 2.輸送用機械・器具製造業 13.2% | |
3.建設業 8.0% | 3.小売業 8.6% | 3.建設業 9.6% |
(出典元:財務省「租税特別措置法の適用実態調査の結果に関する報告書(2018年2月国会提出)」
平成28年度における所得拡大促進税制の適用件数は99,134件、適用総額は3,184憶円となっており、業種別ではサービス業がもっとも多く、全体の20パーセントを示しています。
しかし、この報告書によれば、適用額を中小企業(資本金1億円以下)と大企業の企業規模別でみると、平成28年度において、中小企業が1,304憶円に対し、大企業が1,880憶円となっており、中小企業の方が当該制度の適用が少ないという結果からも、依然として大企業に比べ中小企業では、賃上げができていないという実情が伺えます。
<所得拡大促進税制(現行制度)と賃上げ・設備投資促進税制(改正後)との比較
そして、今回の改正では、中小企業の賃上げをさらに支援し、幅広い企業の当該制度の活用推進のために、現行制度において複雑であった適用要件等をシンプルにするとともに、控除率を引き上げ、制度の拡充を行いました。
現行制度・改正制度の概要・比較は以下のようになります。
所得拡大促進税制(改正前) | 賃上げ・設備投資促進税法(改正後) |
適用案件 | 適用案件 |
(1)給与支給額: | 平均給与等支給額 |
基準年度(平成24年)から3%以上増加 | 比較平均給与支給額(全事業年度支給額)から1.5%以上増加 |
(2)給与支給総額:前事業年度以上 | |
(3)平均給与支払額:前事業年度を上回る | |
控除税額の計算 | 控除税額の計算 |
・基準事業年度(平成24年度)増加額の10%の税額控除 | ・給与等支給総額の対前年度増加額の15%の税額控除 |
・上乗せ措置 | ・上乗せ措置 |
平均給与等支給額が 比較平均給与等支給額(前事業年度支給額)から2%以上増加 の場合 | 平均給与等支給額が 比較平均給与等支給額(前事業年度支給額)から2.5%以上増加し、 かつ 、以下の教育訓練費増加等の要件のいずれかを満たす場合 |
⇒前事業年度支給額からの増加額について、 12%の税額控除を上乗せ(→合計22%) | ① 当期の教育訓練費の額が 前期の教育訓練費の額から10%以上増加 |
②中小企業等経営強化法の経営力向上計画の認定を受けたもので、その計画に沿って経営力向上が行われたものと証明された | |
⇒控除率を10%上乗せ (→合計25%) | |
税額控除限度額 | 税額控除限度額 |
法人税額の20%を限度 | 法人税額の20%を限度 |
改正制度の適用期間は、平成30年4月1日~平成33年3月31日開始事業年度となるため、平成30年中は基本的に改正前の制度により適用の有無を判定することになります。
改正により、現行制度における適用要件の(1)、(2)が撤廃され、平均給与等支給額の前年度比1.5%の増加(上乗せ措置を適用する場合には2.5%)のみが要件となりました。
また、税額控除限度額は改正前と同じですが、税額控除率は上乗せ措置時も含め増加しております。
さらに、平均給与等支給額の計算における継続雇用者の範囲が変更になり、現行制度よりも計算が簡素化され、より多くの企業が活用しやすくなりました。
賃上げ・投資促進税制の適用にあたっての注意点
現行制度と比較し、活用しやすくなった賃上げ・投資促進税制ですが、適用に当たり、注意すべき点があります。
当該制度を適用できるか否かは、継続雇用者への給与支給額が基準となり、税額控除額は、雇用者への給与支給額が基準となります。
この継続雇用者とは、「一般被保険者(労働保険の被保険者)であり、前期と当期の全ての月で給与の支給を受けた雇用者」となります。
したがって、短期のアルバイト等は継続雇用者に該当しないため、適用できるか否かの判断にあたっては、アルバイト代等は支給額に含めません。
一方、税額控除額の基準となる給与支給額は、短期のアルバイト等の支給額も含まれます。
そのため、適用要件は満たすもの、前期に短期アルバイトを多数雇用したため一時的に給与が増加した等により、給与支給額が前期以下になる場合は、当該制度が適用できなくなるので、注意が必要です。
所得拡大促進税制、賃上げ・投資促進税制を積極的に活用しましょう
以上が、賃上げ・投資促進税制の内容となります。
今回の改正により、現行制度における基準事業年度の給与が高い会社にとっては、適用のハードルが大きく下がるため、当該制度を活用しやすくなります。
一方、基準年度の給与が低く、毎年所得拡大促進税制を適用していた企業にとっては、今後も継続的にこの税制を利用するためには、毎年1.5%以上の賃上げが必要なため、かえってハードルが高くなったと言えるかもしれません。
社員の方に支払う給与を上げれば、その分社員一人一人のモチベーションもきっと上がることでしょう。一人一人のモチベーションが上がれば、その分会社に活気が出て、業績の向上や社員の定着、業務の効率化など、会社に良い影響をもたらすのではないでしょうか?
そのうえで、この制度を利用することにより、さらに税金の負担を軽減させることができます。この機会に、ぜひ当該制度を積極的に活用しましょう。
また、賃上げ・投資促進税制のデメリットとしては、現行制度と比較し計算方法が簡素化し、適用しやすくなったものの、現行制度同様、雇用者が多い企業ほど、集計が難しく、複雑な計算になることが多々あることが挙げられます。
当社では、現行の所得拡大促進税制の適用に関して、数多くの関与先の方々のお手伝いをさせていただいております。
もし、この記事を読み当該制度の利用をお考えの方がいらっしゃいましたら、ぜひ当事務所に御相談ください。