はじめに
平成18年に「信託法」が大改正され翌19年に施行されてから、初めて本格的に使えるようになった制度で、とても歴史が新しい制度です。歴史が新しいということは、実例も数少なく、法律解釈も完全には定まっていない状態で、裁判例など皆無の状態です。
信託とは
個人が自分の財産を特定の目的のために預ける仕組みを「個人信託」といい、信託法が改正されて、信託銀行だけではなく、一般の方でも手軽に利用できるようになった財産管理の手法が「個人信託」です。
家族信託とは
「信託」というと、信託銀行や投資信託をイメージされるかと思いますが、ここでいう「信託」は、財産管理の一手法であり、「本人の≪思い≫を法律的な形にし、財産管理と資産承継について、安心して現在から未来に繋げる仕組み」です。
その中でも、「家族による家族のための民事信託」、つまり、家族が財産の預かり手(財産管理をする者)となり、「安心円滑な財産管理」や「柔軟かつ円滑な資産承継対策」を実現しようとする民事信託の形態を「家族信託」といいます。
財産の所有者である親(委託者)がお元気な間に、その財産の「名義」だけを子や孫(受託者)に移転し、その権利(賃料等)については親が「受益者」として、受け取るようにするという、他にない契約形態で、これにより親が認知症になった後も変わらず適切な財産管理を継続し、かつ節税対策や生前贈与その他の各種対策を合法的に実行することが可能となります。
家族信託のメリット
財産管理・承継対策の重要ポイント
- 減らさない(承継対策)…相続税
- 凍結させない(認知症対策)…成年後見人
- 揉めさせない(争族対策)…法定相続人
通常の遺言では対応できないニーズに応えられる!
遺言書は、自分が希望する相手に財産を渡すことができる非常に便利なものですが、次のようなニーズには対応することができません。
- 年金のように毎月定額を渡してほしい。
- 遺産の貰い手(相続人や受遺者)が一定の年齢になったら(たとえば成人したら)遺産を渡してほしい。
- 遺産の貰い手が、将来その遺産を使いきれずに死亡したら、その次の財産の貰い手まで指定したい。
- 特定の目的(家の増改築や入院、施設入所等)のために遺産を活用してほしい
なぜなら、本人の死亡と同時に一括で遺産を渡して、それでおしまいというのが遺言の原則だからです。
成年後見では対応できない財産管理のニーズに応えられる!
判断能力の不十分な高齢者・障がい者の財産管理の手段として利用される成年後見制度ですが、この制度にも限界があり、次のようなニーズには対応することができません。
なぜなら、成年後見制度は、本人の財産を少しでも減らさないように財産を管理するのが主たる目的だからです。
- 判断能力が低下した後でも、積極的な資産運用(株式投資や賃貸不動産の取得等)をしたい。
- 判断能力が低下した後でも、相続税対策として生前贈与を継続していきたい。
なぜなら、成年後見制度は、本人の財産を少しでも減らさないように財産を管理するのが主たる目的だからです。
不動産の共有化に伴うリスクを回避できる!
不動産を所有権で共有すると、下記のようなリスクがあります。
- 既に共有となっている不動産については、将来売却処分や建替え等をしたいときに共有者全員の協力がスムーズに得られない可能性がある(例えば、共有者が海外赴任になったり、行方不明になったり、共有者に相続がおきて不仲な相続人が所有者になってしまったり・・・)。
- 将来、不動産を共同相続させてしまうと、上記①と同様の可能性がある。
家族信託の特徴
委託者兼当初受益者は、最初の契約段階で、自分の次の「二次受益者」を自由に決めておくことができ、遺言と同じ効果を発揮するだけでなく、遺言では不可能な「次の次の代」までの承継先を現段階で決めておくこと(受益者連続型信託)が可能なことも、家族信託の大きな特徴です。
家族信託は、相続税や贈与税に関しては信託しない場合とまったく同様ですが、委託者から受託者への名義移転に関しては不動産取得税や譲渡所得税が課税されず設定段階では、ほとんど税金がかかりません。
家族信託の効果
親が元気な間は、親自身が委託者兼当初受益者として、従来どおりに財産管理や運用ができます。
家族信託設定時の課税は登録免許税(通常移転の5分の1)のみで、その他の費用も実費程度にとどまります。
親が認知症等の状態になった際にも、受託者の働きにより、従前どおりの財産管理を継続することが可能で、アパート建築等の節税対策も可能です。
親が死亡した際には、直ちに受益権が子たちに移り、さらに三次受益者以降まで定めておけば、親の希望どおりにその家の財産は家督相続的に承継されていきます。
家族信託と金融機関の関係①
債権者である金融機関は、債務者が所有財産を家族信託しても、当初の金銭消費貸借契約による債権債務関係にまったく変更はなく、当初の債務者から従前どおりに弁済を受けることができます。
信託した財産の「名義」は受託者に変更されますが、当初の名義人が「受益者」として変わらない「権利」を持ったままとなるため、債務不履行時には受益権に対する強制執行が可能で、債権が害されることはありません。
抵当権は不動産の名義に関係なく物権に対して実行可能であるため、不動産が信託財産となっても競売は可能で、影響を受けることはありません。
債務者が認知症等になった後も、受託者が財産管理を継続するため、有効な債務弁済を継続することができます。
家族信託と金融機関の関係②
家族信託契約は、委託者兼当初受益者とその人の親族との強い信頼関係をベースに締結される契約であるため、万に一つ受託者に不正行為等があった場合でも、委託者兼当初受益者が金融機関等の第三者に対して何らかの責任を追及することはあり得ません。
当初の家族信託契約書において、「委託者兼当初受益者は、受託者が信託行為に関して不正を行った場合でも、受託者以外の第三者に対しての訴訟の提起等の責任追及を行うことができない」と規定しておくことも可能で、また委託者兼当初受益者が金融機関に対して免責の誓約文書を差し入れることも可能です。
国家資格専門家等の第三者を「信託監督人(指図人)」に選任し、受託者を監督させることも可能です。
いずれにしても、家族信託契約は委託者兼当初受益者の責任において実行されるものであり、第三者である金融機関に被害を及ぼすリスクを孕む行為ではありません。